岸田内閣が昨年末に閣議決定した「税制改正大綱」に税務相談停止命令が盛り込まれたことが問題になっています。その背景には税理士業務の無償独占を定めた税理士法52条があります。中京民商や救援会中京支部などでつくる「倉敷民商弾圧事件・3人の無罪を勝ち取る中京の会」が2019年3月に発表した税理士法52条改正の提案をご紹介します。
税務署の下請けでなく、納税者の権利のためたたかう税理士へ~税理士法52条改正の提案~
倉敷民商弾圧事件・3人の無罪を勝ち取る中京の会
税理士法52条の改正を議論の俎上に
国民・納税者の期待に応え税理士制度をどう改革すべきか。いうまでもなく、この問題は、税理士だけでなく、すべての国民・納税者に関わる重要な問題です。たくさんの課題がありますが、私たちは、税理士業務の無償独占を定めた税理士法第52条も改革論議の俎上にあげていただきたいと考えています。
申告納税制度との関係で問題
第一に、税理士業務の無償独占は、申告納税制度との関係で問題があると考えるからです。
税務当局がこの規定を杓子定規に解釈し運用すればどうなるでしょう。税理士資格をもたない納税者が自分の知り合いや仲間に税金の知識を教えたり申告を手助けしたりする行為自体を違法としかねず、結果として納税者のもつ申告納税権を制限してしまう恐れがあると考えます。
倉敷民主商工会の事件ではその心配が現実のものとなりました。倉敷民商の事務局員3人が会員の確定申告の手助けをしたことが、無償独占の規定に違反しているとの容疑をかけられたのです(2人は有罪が確定。残る1人は現在も岡山地裁で刑事裁判中)。たしかに3人は税理士資格をもっていませんでした。しかしながら、3人は、小企業・家族経営の経営者が互いに助け合い経営を発展させるという民商の自主的な活動の中で、仲間である会員の確定申告の手助けをしたに過ぎません。税務当局がこのような行為まで、「他人の求めに応じて税理士業務を行った」と認定することは行き過ぎです。
税理士法第52条のこのような解釈・運用が広がれば、小企業・家族経営の経営者の中には、税金に関してだれにも手助けを求められず、最悪の場合、無申告となったり間違った申告をしたりしてしまう事例が増える危惧があります。これでは、自らの税金を自ら申告して納めるという申告納税制度の根幹が揺らぐことになるのではないでしょうか。
「税金に関しては税理士に全ておまかせ」ではなく、納税者自身が税金についての知識をもっと身につけ可能な場合は自ら申告書を作成する。国民主権の原則からはそのような納税者がもっと増えたほうがよいと私たちは考えます。反対に、税理士だけが税金に関する事柄を扱えるようになっている現状は、納税者の権利意識の向上にとっては望ましいとは言えないでしょう。
税理士は税務当局の下請けでよいのか
第二に、税理士業務の無償独占の規定は、税理士を税務当局の補助機関、下請機関的な立場に縛り付ける「材料」として税務当局によって都合よく利用されているのではないかと考えます。
2012年5月8日、当時の税務大学校長(国税庁課税部長、東京国税局長など歴任者)が国税職員にたいする講演で、無償独占に関して次のようにのべました。
(税務当局の)「業務が量・質両面で増大しているにもかかわらず、定員が増えないという厳しい状況の中では、これまで行ってきた仕事のすべてを行っていくことができないこともあるので、国税当局が真に行うべきものは何なのかということをきちんと見極める必要がある(中略)納税者が必要としている時に税務書類の作成や税務相談などの支援が提供されることは、申告納税制度が円滑に実施されるために不可欠なことですが、無償独占であるということは、仮に、国税当局が納税者に対してこれらの支援を提供できない場合には、提供できるのは税理士以外にはいないということです。ですから、この無償独占は、税理士によって、必要としている納税者に対して、これらがきちんと提供されることが予定されていると言えます」(荒井英夫「税務行政を取り巻く環境の変化と国税当局の対応」税大ジャーナル2013年1月号)
ここには、税務当局が国民・納税者への支援という「不可欠」の仕事を自ら放棄して、「無償独占」であることを理由に税務支援業務を税理士に押し付けようという意図が垣間見えます。いわば税務当局による税理士の下請化です。
実際、毎年確定申告時期になると、税理士は、税務当局からの要請にもとづき、税務当局の用意した確定申告会場において、多数の納税者に対する税務相談業務に駆り出されていると聞きます。
しかし、これは本来、税務当局の果たすべき仕事であって、税理士の仕事とは言えないのではないでしょうか。
私たちは、税理士は、納税者の権利を守る点でとても大切な職責を担うべき存在だと考えます。すなわち、税理士は、憲法及び税法の枠のなかで依頼者である納税者の権利擁護を通じてその納税義務の履行に協力する職責を担っています。そして今後、税理士は、納税者の代理人として位置づけられること、また単なる会計専門家としてではなく、会計学・経営学等に精通した租税の法律専門家=租税の弁護士として位置づけられることが求められるでしょう(北野弘久「税理士業務と税理士の責任」)。
税理士の担うべきこうした職責に照らせば、確定申告会場で多数の納税者からの相談に慌ただしく応ずることは明らかに役不足です。私たちは、税理士に対しこのような税務当局の下請けの立場にとどまることなく、その本領を発揮していただきたいと考えます。具体的には、納税者と税務当局との間で見解が鋭くぶつかるような場面において、納税者の代理人、租税の法律専門家として、税務当局と堂々と対峙するような仕事をされることを強く期待します。また、税金の徴収面だけでなく使途面のチェック、民主的な税制への改革の努力も税理士の大切な役割だと言えるでしょう。
一方、国税庁等の税務当局には、国民・納税者への支援という自らの仕事をしっかりおこなうよう求めたいと思います。
弁護士法と同じく有償独占に
以上のように、税理士業務の無償独占規定は問題があると考えます。そこで、私たちは、税理士法第52条は、弁護士法の同種の規定と同様に、有償独占の規定に改正するべきであるとの結論にいたりました。仮に無償独占がなくなっても、税理士には税理士にしか果たせない職責があり、その遂行によって税理士への国民的信頼が増すことは論をまたないでしょう。税理士法第52条の改正は、日本国憲法の国民主権の原則に沿った申告納税制度の発展、租税の法律専門家としての税理士の社会的地位の向上を図る大きな力になると確信します。ご協力をお願いいたします。