月別アーカイブ: 8月 2017

ぐるぐるカフェを開催

  8月30日(水)、ぐるぐる循環ネットワーク主催の「ぐるぐるカフェ」が、竹間学区のカフェ・フーム(中支部会員)にて開催されました。会場には、学区ごとに色分けされた中京区の地図が貼り出され、この地図を眺めながら、参加者が中京区の過去・現在・未来について語り合いました。
 はじめに、話題提供として、原田完府会議員が、「中京区はどういう地域か」と題して、中京区が成立した歴史的な経緯やそれぞれの地域の特徴について語りました。
 原田さんは、中京区は1929年(昭和4年)、旧上京区の南部と旧下京区の北部(当時の旧上京区と旧下京区の境界は三条通)を合わせて新設されたこと、同年、学区名に小学校区を付して「梅屋学区」「竹間学区」のように称するようになったこと、これらの学区は現在では正式の行政区域ではないものの、「元学区」として地域の通称として使われている(学校の統廃合により現在の通学区とは一致しない)ことを説明しました。
 また、中京区内の東半分の町名は、おおむね近世以来の町名を引き継いでいるのに対して、中京区の西部は、1889年(明治22年)の市町村制施行時には葛野郡朱雀野村(かどのぐんすじゃくのむら)であり、1918年(大正18年)に上京区と下京区に分割して編入されたこと、朱雀野村には聚楽廻(じゅらくまわり)・西ノ京・壬生(みぶ)の3つの大字があったこと、壬生はかつて湿地で、水菜の変形として壬生菜が生まれたことなどを説明しました。
 原田さんは、このような歴史的な経緯を踏まえた上で、中京についての個人的な所感として、①立誠学区は南北に通る5本の通りごとに異なった性格のまちであること、②仏光寺通や土井ノ内通では1970年代初めまで、夜店が定期的に2の日や5の日と決まった日に開催されていたこと、③中京区ではかつて友禅関連業者、糸偏の業者が隆盛を極めていたこと(壬生地域は友禅板場の型染が多く集積した町、本能・城巽は手描友禅業者が多かった町、明倫は室町呉服の町)、④富有や銅駝などは比較的木材関係や木工的業者があった町だったこと(夷川家具の街、御所を支えた町衆、畳や檜皮葺の業者、漆塗り塗装の業者、建具屋、神具、竹商、その他)、⑤西高瀬川の運河と三条千本周辺は銘木や銘板の木材の町であったこと、⑥ひと昔前の中京は住み込み職人の昼ご飯、夜食の準備でにぎわった町で、午前中の買い物が当たり前であったこと、⑦千本通はかつて石畳で中央市場から荷車が通る町であったこと、⑧壬生地域は大阪ガスのコークスガラの埋め立てで湿地から人の住む町に変わったのではないかと思われること、⑨中京区は新撰組も坂本竜馬も闊歩していた地域であること、⑩裏寺には稱名寺(竜馬暗殺の近江屋の真裏で重文の書を京都国立博物館に預けてある)、宝蔵院(伊藤若冲の生家の菩提寺)、妙心寺(大原三千院の阿弥陀さんと兄弟の定朝様式の阿弥陀がある)などの個性的なお寺が多くあること――などを語りました。
 原田さんは、朱三学区で全国に先駆けてスーパー反対闘争が行われたこと、朱七学区の西新道錦会商店街では市立病院労働組合のデモ歓迎のビラを掲示してデモ参加者に買い物してもらうなどの“労商連携”が実践されていたことなどにも触れながら、「糸偏の業者の衰退などで町のあり方が激変して、地域のつながりも弱まっているが、元学区レベル、中京区レベルでお金と仕事がぐるぐると回るような循環型社会をどうつくっていくか、行政の役割も含めて、模索が必要だ」と提起しました。
 参加者からは「千本通から西は田んぼと畑ばかりだったという話を聞いたこともある。西部と東部で大きく違うこと、また元学区ごとの特色があることがよく分かった」などの声が出されました。
 最後に、司会を務めた山元歩美・ぐるぐる循環ネットワーク事務局長(中京民商事務局)が、毎月第2月曜の午後2時から中京民商事務所で、岡田知弘『地域づくりの経済学入門』の読書会を開催しており、9月11日(月)は「第6章 企業誘致で地域は豊かになるのか」を扱うこと、10月13日(金)午後7時から中京民商事務所で、第20回「中小商工業研究全国研究・交流集会」(9月2~3日、愛知県豊橋市で開催)の報告会を行うことをお知らせし、「ぐるぐる循環ネットワーク」への入会を呼びかけました。

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商売を語る会「美容総合商社T.Y.rose」詳報(下)

美容ディーラーとして独立してから

独立してからは、インターネットのショッピングサイトなど、色々と工夫しながらやってきました。有名ブランドの化粧品なども扱いつつ、エミュー・オイルのような、筋肉緩和の効果をもった自社のマッサージオイルを主に販売してきましたが、激しい競争のなかで苦戦しているというのが、正直なところです。長い付き合いのサロンもだんだん減ってきています。
何とか売上を伸ばそうと、自身でエステを始めました。土・日・祝のみ、事務所の奥の方のスペースでやっています。
今考えているのは、どうすればお客さんの肌が変わるのか、しっかりと分かりやすく伝えていくようにしたい、ということです。手をかければ確実に肌は変わります。高い化粧品を使えば良いというわけでもなくて、それほど高い商品でなくても、適切に使い続けていけばそれなりの効果は出てくる。高い商品を一時的に使うだけ、というのではダメなんですね。だから、カウンセリングをしっかりやって、お客さんの肌の悩みに加えて、例えば1ヶ月にどれくらいの金額なら美容のために使えるのかも聞いて、どのようにやっていくのがいいのかを、きちんと伝えるようにしています。あまり高いと続きませんが、続かないのは良くない。そういう意味では、百貨店の化粧品売り場とエステでは全く姿勢が違うのだと思います。化粧品売り場では、特定の商品を売ること自体が目的になるけれども、エステというのはお客さんの肌を改善することが目的なんですね。ですから、お客さんの悩みをきちんと受け止めながら、お客さんが続けられる範囲でどのようにやっていくのが良いのか、適切なアドバイスができるように務めています。
そのためにも、もっともっと勉強が必要だと感じています。化粧品協会のトップの資格を取って、幅を広げていきたい。このことに関連していえば、日本では現在、エステは国家資格ではありません。フランスでは国家資格ですし、イスラエルでは薬剤師の資格をもった人がエステをやっています。日本でも将来的には国家資格になるかな、と思うのですが、今では資格がなくても誰でもできるんですね。だから、その人の趣味で思いつくままに、例えば美容と心理学を絡めたり、美容と気功を絡めたり、ヘンテコなものが多くなってしまっているという印象があります。でも、本当は、骨格のこととか皮膚の構造とか色彩のこととか、きちんと勉強しなければ、美容について深いことは語れません。エステについてはフランスの資格が最高だとされています。海外のライセンスを取るのはお金も時間もかかって大変ですが、理想的にはそのほうが良いとは思います。

独立してよかったこと
私は、結構堅い家庭環境で育ったんですが、高校2年生くらいから勉強もしなくなって、結局17歳で家を出てしまいました。それから友人や知り合いの家を転々とするなどして、色々な人に迷惑をかけたし、またお世話にもなったと思います。とにかく、たくさんの人に助けていただきました。そういう人のつながりのようなものを強く感じられるのが、販売という仕事だなと感じています。販売はきついですけれども、やっぱり売れたら嬉しいですね。自分の思いが形になった喜びというものを感じられる――このことが、サラリーマンと自営業との大きな違いではないかな、と思っています。
あと、独立してよかったと思っているのは、子どもと向き合いながら仕事ができたことです。最初の夫との間に1人の息子がいるのですが、忙しいながらも何とか自分で時間をやりくりして、学校の懇談会などにもできる限り参加するようにしてきました。私自身も勉強して、大学のレポートを一緒に書いたこともあります。組織のなかにいると、なかなかそういうことは無理だっただろうと思います。もちろん、販売に割ける時間をある程度は犠牲にせざるを得なかったので、売上は下がりましたが、それも全て自己責任だというのが自営業ですね。やらなければやらないだけ売上は下がるが、やればやっただけ売上は上る――そういうことを踏まえて頑張っていきたいと思います。

若い人に育ててもらう
私が民商に入ったきっかけは、民商のチラシをみたことです。独立してからお願いしていた税理士さんが、少し頼りないというか、対応に色々疑問を感じていたところに、ちょうど民商のチラシがポストに入っていたんですね。それで、連絡を取って入会し、今に至っているわけです。
民商について今私が感じているのは、もっと若い人を増やさなければ! ということです。私自身、仕事柄、周囲にはずっと若い人がたくさんいたわけですが、そういう若い人と話し合うなかで育ててもらったという実感があります。民商ももっと若い人をたくさん入れて、若い人の知識や考え方に耳を傾けることで、もっと良い組織になっていくと思います。

商売を語る会「美容総合商社T.Y.rose」詳報(上)

美容ディーラーとして独立するまで

語る会上

独立したきっかけをお話したいと思います。

私は、23歳で造形大学を卒業してから38歳までの15年間、おもに着物のデザインにまつわる仕事をしていました。

転職のきっかけは、2度目に結婚した元夫から受けた影響です。彼は大学を卒業してから営業一筋の人だったんですが、デザインの世界とは静と動の世界観の違いのようなものを感じました。人との出会い、つながりのなかで仕事のやりがいを感じている、ということで、営業に興味が湧いてきました。

もともと私はメーキャップには興味があったので、求人誌で見つけたある訪問販売の会社に転職しました。5年ほど頑張って、ある程度までのぼりつめたんですが、販売していた大手化粧品メーカーの化粧品に「本当にいい物なんだろうか?」と疑問をもつようになったんですね。本当にいい物だと自信を持っていうことができない商品を販売していることに葛藤を感じたんです。

それで、職安に行きまして、美容ディーラーの会社に入りました。一般のユーザーへの販売からプロのサロンさんへの販売に変わったわけで、最初は専門の知識を身につけるのに苦労しました。このとき私は42歳でしたが、まわりは若い子ばかりで、私と同年齢の人は――私も含めて――役職についていました。

しかし、就職してからまもなく、その会社が倒産してしまいました。事業も従業員も新会社に引き取られるような形になったのですが、その新会社の社長は、ただ私たちが扱っていたブランドが欲しかっただけで、従業員に対する扱いというのはヒドかったんですね。給料も下がって、これではやっていけない、と思いまして、社長とケンカして辞めてしまいました。

それで美容ディーラーとして独立することになったんですが、その決断を後押ししてくれたのは、下鴨のあるサロンの男性の先生の一言でした。「化粧品はやっぱり女性のディーラーさんの方がいい。池本さんもいい年なんだから独立してよ。」この一言で独立を決意しました。新会社は、サロンよりも美容院に重点を置く路線で、サロンが浮いていましたから、担当だったサロンさんをいただいて、独立しました。今から20年前のことになります。もちろん、新規の開拓も必死でやりました。私は運転免許を持っていませんので、営業といっても、公共交通機関を使うか歩くかしかありませんでしたが、そんな状況のなかで、どんどんお店に飛び込んで、新規の開拓をやりました。
語る会上2

第1回理事会+税金cafe

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中京民商理事会 秋の運動方針を議論
 中京民商は8月27日(日)、コープイン京都において第1回理事会を開催し、秋の運動方針について、議論しました。秋の運動方針については、「第5回中商まつり(11/19)までに『30人』の会員拡大を! 全会員訪問行動で『年間1,000件訪問、3桁拡大』の展望を開こう!」というスローガンが確認されました。
 「中商まつり」については、まつり来場者に配布するパンフレットに中京民商会員の広告をたくさん載せて、地域経済を支えて頑張る中小業者の姿をアピールしようと、1口50円の協賛広告をとるための全会員訪問行動を行うことが確認されました。
 また、この秋以降、2019年10月の消費税率10%への引き上げの是非が大きく争点化してくるという政治情勢を視野に入れつつ、消費税10%中止「1万人アピール運動」を推進していくためにも、この秋の全会員訪問行動がカギとなることが確認されました。
 さらに、こうした全会員訪問行動を通じて、知り合いの紹介なども呼びかけて、仲間増やしにつなげていくことも確認されました。
 議論のなかでは、「理事会の参加が少なく、そもそも常任理事や理事の推薦が出ていない支部もある。どういう体制で運営していくか、根本的な検討も必要ではないか」「中京民商は幸い事務局3人体制を維持できているので、『商売を語る会』『領収書整理会』『中商サロン』など多彩な企画ができている。まだまだそれぞれの企画への参加は少ないが、参加呼びかけを強めて、たくさんの会員が中商会館に集まって、相談し助け合う雰囲気を作っていこう」という意見が出されました。
平井良人市議会議員の税金cafe
 理事会終了後、同会場において、重税反対中京区集会実行委員会の企画として「平井良人市議会議員の税金cafe」が開催されました。コーヒーやお菓子を楽しみながら、税金について話し合いました。
 松家幸治・重税反対中京区集会実行委員長(中京民商会長)が開会あいさつを行った後、中京民商事務局より5問からなる「税金クイズ」を出題、正解数の多かった人から、好きな賞品(税金に関する本、缶ビールなど)を選んでもらいました。
 その後、平井市議会議員が話題提供しました。平井さんは、1980年代後半以降、いわゆる直間比率の見直しにより、消費税が導入され増税されていくなかで、税の所得再分配機能が弱まってきていること、消費税は社会保障のためだとされながら社会保障の削減が続けてられてきたことを指摘、富裕層や大企業に応分の負担をさせる税制改革が必要だと強調しました。参加者からは、「消費税の輸出戻し税の仕組みはなかなか分かりにくい」「商売人とサラリーマンとが顔を突き合わせてざっくばらんに税について話し合う機会をつくって欲しい」などの意見が出されました。

バーベナが咲きました

みなさん、覚えていますか?中京民商は春の運動期間中にチューリップを育てていました。次はバーベナに挑戦しようということで、育てていたバーベナが可愛い花を咲かせました。花言葉は「団結」です。次々とつぼみを付けていますので、まだまだ楽しめると思います。

中京民商の取組みに参加される時には、ぜひご覧になってください。

 

ゲストハウス経営者のつどい ~地域社会と共生するゲストハウス経営とは~

   8月23日(水)、中京民商事務所2階にて、中京民商が主催する「ゲストハウス経営者のつどい~地域社会と共生するゲストハウス経営とは」が開催されました。ゲストハウスを経営する会員のほか、会外からも含め、全体で11人が参加しました。
 はじめに、平井良人市議会議員が、民泊が激増して飽和状態となっている京都市の現状や「住宅宿泊事業法」の施行など、ゲストハウス経営をめぐる現在の状況について報告しました。その上で平井議員は、地域社会との共生のために必要なこととして、①住民への丁寧に時間をかけた説明会をやること、②常駐者がいないことでいざというときに責任を問われるリスクを認識すること、③チェーン店のような店舗展開ではなく、綿密に地域と情報交換しながら少しずつ広げていくスタイルが求められること、を提起しました。
 続いて、ゲストハウス経営者である藤波良子・中京民商青年部副部長が、町内会1軒1件を訪問して事業を説明していること、町内会の掃除・ゴミ回収に参加していること、問題が起きたときにはすぐに駆けつけられる態勢をとっていることなど、地域社会との共生のために努力していることを報告しました。
 その後、参加者を交えての意見交換を行いました。「人口が減っていくなかで、確実に空き家は増えてくる。また、住む人がいなくなるなかで、京町家をどう残していくかという問題も考えなければならない」「こういう場に出てくるゲストハウス経営者は、きちんと地域社会との共生ができている人。できていない経営者は、こういうところに出てこない。東京や中国など外部の資本は、単にカネ儲けになればよいと思って、雑な経営をやっている。そういうのは、やはり厳しく規制すべきだと思う」「観光に来た人に京都のまちの魅力を伝えたい、という思いでやっている人と、単にカネ儲け目当てでやっている人とでは、大きな違いが出てくる。興味を持ってゲストハウス経営をやりたい人は、大いにこの市場に参入してきてもらいたいが、不動産屋やそれに結びついた代行会社の食い物にされている現状がある」といった意見が出されました。
 平井市議は、根本には、とにかく観光客数を増やせばよいという京都市の観光政策のゆがみがあることを指摘し、スペインのバルセロナが観光客削減に踏み切っていることを紹介、「そもそも観光とは何なのか、本質的な議論をしながら、地域循環型経済社会の実現という方向性のなかで、ゲストハウス経営も考えていかなければならないのではないか」とまとめました。
 参加者からは、「色々な角度から問題が深められて面白かった。ぜひ継続的にこういう会をやって欲しい」という感想が出されました。
 司会を務めた山元歩美事務局員は、「民商は異業種の団体。商売を取り巻く色々な問題について一緒に学びながら、力を合わせて解決していこうとしている。隔月で「商売を語る会」をやっているが、業種の異なる人の話を聞くことで、自分の商売にとって思わぬヒントが得られることもある。ぜひ民商に入会を」と訴えました。
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中商サロン、今月は25日!

8月の最終金曜日は25日です。午後3時から中商サロンを開きます。

おいしいコーヒーやお茶、お菓子などをご用意してお待ちしています。

中商サロン0525